To be or not to be

好きなことを書き散らします

読書メモ『グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉』

「サクラ散るダークネス」という魅力的だけど、コンセプトがいまいち見えない2019年4月のスゴ本オフオフで、猛烈に魅力的だった1冊を無事ゲットして、公私ともに忙しいのにとりつかれたように読みふけってしまいました。

舞台は、南欧の小さな港町をイメージして精緻に構築された仮想リゾート「夏の区界」。電気は一応使えるけど、あんまり便利じゃない、20世紀中頃くらいのテクノロジーの世界で、不便さを含めて楽しむような設定。この仮想世界は非常に作り込まれた歴史設定や8000人ものAIのそれぞれの子ども時代の記憶まで含めたキャラ設定など、とにかくリアリティが売り。ユーザーは、「ゲスト」としてこの仮想世界を訪れ、仮の身分、仮の家族を得て素敵な夏休み過ごす…。

ところが、ある日突然、このリゾートにゲストがこなくなってしまう。それでも、仮想世界は電源を落とされることなく運営が続けられ、AIたちだけの平和な日常がいとなまれ続けて1000年。突然、外部からの攻撃によって仮想世界は破壊され、蹂躙しつくされ、生き残った数百人のAIは街外れの「鉱泉ホテル」にたてこもり、絶望的な戦いを繰り広げる。

とにかく、出だしから文章が美しい。欧米の爽やかな青春小説風に始まって、透徹した美しさは、最後まで一度も揺るぐことなく紡がれ続ける。しかし、内容はかなり凄惨。顔をしかめるようなグロテスクな描写ではないけど、しかし、その美しい文章が語る内容は、かなりエグい。そしてインモラル感も。

はかなく、美しく、だけど絶望的。

なにより切ないのは、主人公たちが人間のように感情を持っているけど、自分たちがAIであることを知っていること。過去の美しい思い出は作り物だとわかっている。家族や友人との関係も、自分の趣味嗜好も全部作られた「設定」だと知っている。それでも、彼らが魂のある主体的な存在として、助け合い、生き抜こうとする姿に心を打たれます。

SFというのは、こんなに美しくて残酷な文学を生み出しうるんだなあと、思い知らせてくれる。

そんな、凄い一冊でした。

 

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